【解説】
完山は,天明5年(1785)寺家村に生まれ,家業を継ぐため,広島,京都に留学し漢方医学を深めた。完山の修めた医学は,西洋医学摂取の土壌となった漢方医学の知識と技術であり,名声を聞いて教えを乞う者は日本各地に及んでいた。また,完山は,自然や社会の観察,認識に非凡なものを示しており,医書のほかに地誌「芸備大帳外史」などの著述がある。特に,生涯書き綴ったといわれる「鶴亭(かくてい)日記」56巻は文化史,社会経済史の貴重な資料となっている。
この墓は,嘉永6年(1853),完山の13年忌に門人百余名によって建てられたもので,門人江木鰐水(えぎがくすい)の撰文になる墓碑銘がある。
名称 | 野坂完山之墓 | |
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よみがな | のさかかんざんのはか | |
指定 | 県指定 | |
種別 | 史跡 | |
種類 | ||
所在地 | 東広島市西条町 | |
員数 | ||
指定年月日 | 昭和29年1月26日 | |
構造形式 | ||
法量 | ||
公開状況 | 常時公開 | |
交通案内 | ○JR「西条駅」から「広島大学行」バスで「中央図書館前」下車,西へ約600m | |
関連施設 | 名称 | |
開館時間 | ||
休館日 | ||
入館料 | ||
所在地 | ||
電話番号 | ||
交通案内 |