多収で高温登熟性に優れる酒造好適米新品種‘広系酒45号’
背景
近年の温暖化により、広島県においてもコメの品質への悪影響が発生し始めています。酒造好適米(日本酒を醸造するための専用の品種)では、高温で登熟すると、外観品質が悪くなるとともに、デンプン構造が変化し溶けにくくなることで、酒造りに大きな影響を与えます。しかし、これまで玄米の外観品質および溶解性に着目した高温登熟耐性品種の育成は進んでいませんでした。
そこで、2012年度から広島県立総合技術研究所(以下、広島総研)は、農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」)西日本農業研究センター、広島県酒造協同組合、JA全農ひろしま、および、広島県穀物改良協会との共同研究により、新たな酒造好適米の育種試験を実施しました。
育種の目標は、実需者や生産者の意向を十分に取り入れられたものとするため、実需者である広島県酒造協同組合、および県内の酒造好適米の生産を管理するJA全農ひろしまと広島県穀物改良協会が参画し、育種は農研機構西日本農業研究センターおよび広島総研が担いました。農研機構は初期段階の圃場栽培、さらに各種病害等の抵抗性評価を実施しました。広島総研食品工業技術センターは酒造面での選抜および有望系統の酒造試験を担い、有望系統の酒造特性を把握しました。広島総研農業技術センターは選抜全般および全体調整を行いました。各機関の主な役割は表1のとおりです。
これらの取り組みにより‘広系酒45号’を育成し、2022年1月に品種登録出願しました。
育種目標
育種目標は、実需や生産に係る機関からの意見もいただき、次の4点としました。
(1) 収量性:多収の酒造好適米‘八反錦1号’並み、または、それ以上の収量性を有する。
(2) 心白:玄米の中心部が白く濁る心白の大きさは「小から中」程度。
(3) 溶解性:酒造特性としての溶解性(よく溶けてアルコール生産量が増える)に優れる。評価の高い酒造好適米‘山田錦’以上の溶解性を有する。
(4) 高温登熟耐性:高温で登熟しても玄米の外観品質の低下が小さい玄米品質高温登熟耐性と、酒造特性として溶解性の低下が小さい溶解性面の高温登熟耐性を有する。
育成経過
育成経過は次の通りです。
2012年:溶解性に優れる‘改良雄町’を母、高温登熟耐性に優れ草丈の短い‘西南136号’(後の‘なつほのか’)を父として交配(図1)。
2015~2017年 : 形態特性および溶解性から選抜を進める(表2)。
2018年~ :遺伝的固定がある程度はかられたこの世代から収量性および詳細な品質を調査し、さらに選抜を進める。この時点で有望とされた系統に「HI」番号を付与。
2019年~ :有望系統について普及想定地域での現地適応性を検定。
2020年~ :有望系統についてパイロットスケールでの酒造試験を実施
2021年~ :県内酒造会社による実規模での酒造試験を実施。この結果、系統「HI-76」が非常に有望であることが認められたので「広系酒45号」の地方番号を付与。
2022年1月 :品種登録出願
写真1 広系酒45号’の草姿
品種の特性
(1)栽培特性
本品種の特性は以下の3点です(表3)。
(1)出穂・成熟期:‘山田錦’と同時期の「やや晩」。
(2)短稈・耐倒伏:稈長(地際から穂首までの長さ)は短く、倒伏しにくい。
(3)多収:収量(精玄米重)は多収の‘八反錦1号’よりもさらに多収。
(2)玄米特性
本品種の特性は以下の3点です(表4)。
(1)玄米等級:玄米品質等級は「特等」。
(2)心白の発現率:‘山田錦’と同程度。
(3)未熟粒の発生少:精米時に割れが起こりやすくなる、腹白や基白の発生が少ない。
写真2 ’広系酒45号’と比較品種の心白
(玄米の中心部が白く濁って見えるのが「心白」。)
写真3 ’広系酒45号’ の玄米
(裏側から光を当てて撮影。心白部分が影となって見えている)
(3)高温登熟耐性
本品種の特性は以下の3点です。
(1)整粒率高い:出穂後20日間の日平均気温が29℃の高温でも、整粒(太りがよく、濁りの少ない奇麗なお米)粒比が高い(表5)。
(2)溶解性安定:高温年(2020年)でも消化性(溶解性)が劣化しない(図2)。
(3)アルコール収得量多:粕歩合が低く(よく溶けて)、アルコール収得量が多い。(表6)
試験醸造を実施した酒造会社からの評価
試験醸造した酒造会社から、好評を得ました。
(1)原料処理の際に蒸米のサバケが良い。
(2)醪(もろみ)中で溶けやすい。
(3)製成酒はふくらみのある味わい。
普及方針および栽培上の留意点
(1)適地域:‘広系酒45号’は‘山田錦’と同熟の「やや晩」の品種であることから、普及地帯は標高350m以下の本県中部以南です。
(2)施肥診断:短稈で倒伏耐性に優れますが、生育後期の窒素過多は玄米タンパク含有量を増加させるため、幼穂形成期の葉色を見ながら穂肥の施用量を判断する必要があります。
(3)いもち病:葉いもちおよび穂いもちの圃場抵抗性が弱いことから、田植え時の殺菌箱粒剤の施用および基幹防除の徹底が必要です。
お問合せ先
広島県立総合技術研究所農業技術センター 技術支援部/栽培技術研究部
Tel: 082-429-0522/0846-429-3066
担当:栽培技術研究部