1-1.八幡川水系流域の現状
(1)河川及び流域の概要
八幡川(やはたがわ)は,その源を広島県佐伯郡湯来町(さえきぐんゆきちょう)の東郷山(とうごうやま)より阿弥陀山(あみだやま)に至る標高800メートル内外の連山に発し,湯来町葛原(つづらはら)で木末川(こずえがわ)を合流し,東流しながら中流部に至り,広島市佐伯区上河内(さえきくかみこうち)付近より南方に曲流して最大の支川である石内川(いしうちがわ)を合流した後,瀬戸内海・広島湾に注ぐ幹川流路延長20.9キロメートル,流域面積83平方キロメートルの二級河川である。その流域は,広島市,廿日市(はつかいち)市,佐伯郡湯来町の2市1町にまたがっており,広島市西部地域における社会・経済・生活・文化の基盤をなしている。
河川形態については,魚切(うおきり)ダムまでの上流域では典型的な山地河川の様相を呈している。魚切ダムから石内合流点にかけての中流域を見ると,ダム直下から野登呂川(のとろがわ)合流点までの間は山が迫り,渓谷美を形成している。また,河床は岩が露頭し,瀬や淵が連続しており,河床勾配は100分の1以上と急勾配である。野登呂川合流点から下流は河床材料は砂礫となり,河床勾配は200分の1程度であり,河道内にはツルヨシ等の植生が所々見受けられる。石内川合流点から河口にかけての下流域では河道内に砂洲が広がり,流水は緩やかに蛇行しながら流下している。
(2)河川及び流域の自然環境
八幡川流域の気候は,瀬戸内海性気候に属し,年平均気温15度程度,年降水量は平均1500ミリメートル程度と降雨量が少なく,四季を通じて晴天が多い。地形は,上流域が阿弥陀山,向山(むかいやま),窓ヶ山(まどがやま)などの標高600~800メートルの山に囲まれており,中流域は丘陵地,下流域は八幡川の形成した沖積平野を主体とする平地が広がっており,多様な自然形態を有している。
地質については,流域全体が中世代白亜紀後期に形成された「広島花崗岩類」で構成されており,下流域は八幡川や石内川により形成された堆積層による平野となっている。
上流域から中流域にかけては,美しい渓谷景観をはじめ,豊かな自然環境を有している。魚切ダム貯水池は「窓竜湖(そうりゅうこ)」と名付けられ,山々が影を落とし,落ち着いた景観美を創出しており,また,ダム下流の渓谷は「八幡川峡(やわたがわきょう)」として景勝地となっている。林相は,大半が二次林のアカマツ林で,その中にスギ,ヒノキ等の人工林,阿弥陀山付近にはクリ,ミズナ群落が分布している。
流域の上流から中流にかけては,多種の動物が生息しており,哺乳類では,イノシシ,ニホンザル等が生息している。また,多くの鳥類の繁殖地となっており,魚切ダム下流でカワセミの営巣が確認されている。魚類は,アマゴ,カワムツ,カマツカ等が生息しているほか,毎年アユの稚魚の放流がなされている。なお,魚切ダム貯水池でも同様の魚類相を示している。
下流域では,市街化された都市域を貫流し,一部築堤区間となっており,堤防には桜が植えられるなどやすらぎの空間を提供している。
河口付近は干潟が広がり,市街地にあって広々とした景観となっており,県内有数の水鳥の飛来地として有名で,マガモ,ハマシギ,チドリ等が多く見られる。このため,「みずどりの浜公園」が整備され,バードウオッチングなどに利用されている。魚類については,カワヨシノボリ,ギンブナ等が多く見られる。また,河道内にはヨシ群落が見られ,アシハラガニの良好な生息地となっている。
(3)流域の社会環境
八幡川流域を構成する各市町の人口は,広島市佐伯区が約12万人,廿日市市が約7万人,湯来町が約8千人となっている。なお,流域内では県都広島市のベッドタウンとしての住宅開発が盛んであり,今後とも人口増加は続いていくものと考えられる。
産業別就業者数の割合は,広島市佐伯区,廿日市市については第3次産業が5割以上,次いで第2次産業,第1次産業の順になっている。主要道路交通網としては,流域を国道2号,西広島バイパス,山陽自動車道等が横断しているほか,JR山陽本線,山陽新幹線,広島電鉄宮島線といった鉄道網も横断するなど広島県西部地域における交通の要衝となっている。
流域の土地利用をみると,上流域の大半を山林が占めている。中流域では,八幡川,石内川沿いに水田等の利用がなされている他,丘陵地では,住宅開発が進み,さらに新都市「西風新都(せいふうしんと)」の開発により,今後ますます都市化が進むことが予想される。下流域の大半は平野となっており,住宅地や工業団地等として利用されている。
(4)治水・利水・河川環境の現状と課題
1)治水
八幡川水系における本格的な治水事業は,昭和16年6月の大出水を契機として,昭和18年より郡橋地点から皆賀橋付近間の築堤・掘削等が着工されたのが始まりである。
その後,昭和20年9月の枕崎台風,同26年10月のルース台風と二度の大水害により旧五日市町の中心部が全域水没し,甚大な被害を被った。このため,八幡川の改修は急ピッチに進み,昭和29年には,下流部の流路延長7.3キロメートルの区域が一応改修の完了をみた。
その後,流域内の住宅開発等が進み,沿川市街地を洪水から防御する重要性が高まり,昭和56年には八幡川の洪水調節を主目的とした魚切ダムが完成し,治水安全度は大きく向上した。また,本ダムでは水道用水の安定供給,電力開発の促進,流況の改善が図られている。
なお,高潮による大きな被害はこれまでのところ発生していない。
このような状況の中,近年の出水で最大規模となった平成11年6月29日集中豪雨では,魚切ダムの洪水調節効果により越水氾濫は免れたものの,土石流,崖崩れなどの土砂災害により中流部の支川において多くの犠牲者を出した。
流域内では大規模な開発が進行中であり,沿川の資産の蓄積が膨張しており,ひとたび越水氾濫が起これば,その被害は膨大なものとなる危険性を孕んでいる。このため,既往の河川整備状況,上・下流のバランス,本・支川間の整合など水系一環の観点に立ち,洪水防御対策の早期実現が課題となっている。
2)利水
八幡川は,古くから農業用水に利用されてきた。このほか,現在では魚切ダムの完成により,水道用水,工業用水,発電用水として利用されている。特に水道用水は,魚切ダム等を水源とし,広島市及び廿日市市への供給が行われている。
平成6年に発生した異常渇水時においては,水道用水の給水制限の措置が取られたものの,魚切ダムからの補給により,幸い水枯れや農工水への影響はなかった。また,地域住民から流況改善の声は上がっていない。さらに,支川石内川でもこれまで取水上の問題を生じたことはなく,比較的良好な流況となっている。
なお,支川梶毛川では,流況が悪く農水利用にしばしば支障をきたしている。また,生態系にとって必要な流量を満足していない。このため,河川環境の保全に必要な流量の確保及び既得取水の安定化が強く望まれている。
3)河川環境
八幡川は,流路延長が比較的短いにもかかわらず,上流・中流・下流と多様な河川形態を呈しており,特に中流部の渓谷や,河口部の干潟が代表的であり,これら良好な河川環境を保全していく必要がある。
河川の水質については,公共用水域にかかわる環境基準の指定がなされており,郡橋(こおりばし)(河口から4k650)上流がA類型に,八幡川河口~郡橋までがB類型に指定されている。現状においては,A類型区間で3箇所,B類型区間で2箇所で水質観測がなされている。
A類型指定区間については,平成9年現在環境基準を達成しているが,上流域の住宅団地等の開発の影響により,やや上昇傾向を示している。また,B類型区間でも,中流域において大規模開発が進んでいることにより,依然環境基準を達成できていない状況である。
このため,関係機関と協力し,水質改善の取り組みを行うことが必要である。河川空間の利用については,山間部から河口まで,沿川住民の憩いの場として,八幡川峡での水遊び,魚釣り,桜並木での花見等の空間利用がなされている。
また,毎年7月には下流域の皆賀橋(みながばし)付近で「八幡川リバーマラソン」が開催されており,川の中を走るユニークなスポーツイベントとして定着している。このイベントに合わせて「八幡川クリーン作戦」として,住民により河川清掃が行なわれている。
さらに,地元住民団体による八幡川の歴史,動植物,河川利用の状況に関する調査が行なわれ,広く情報発信されるなど,様々な活動が行なわれている。
今後も,流域の人々が川とふれあう機会を増やすとともに,良好な河川環境を維持していくために,河川愛護に関する啓発,支援を行っていく必要がある。