賃金支払の原則|労働相談Q&A
賃金支払の原則
労働基準法第24条は,賃金の支払方法として,次の4つの原則を定めています。
ここでいう「賃金」とは,賃金,給料,手当,賞与その他名称が何であれ,労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいいます(同法第11条)。
通貨払いの原則
賃金は,通貨で支払わなければならず,現物支給などは許されません。
ただ,法令又は労働協約で別に定めがある場合や,厚生労働省令に規定のある場合は,通貨以外のもので支払うことができます。
最近では,現金手渡しよりも口座振込み払いが一般的ですが,この方法は,次の要件を満たす場合に認められています。
労働基準法施行規則第7条の2で定める要件
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労働者の同意を得ること
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労働者が指定する銀行などの金融機関における本人名義の口座に振り込むこと
行政解釈が求めていること
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振り込まれた賃金の全額が所定の賃金支払日(その日の午前10時頃)に引き出せる状況にあること
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労働者の過半数を代表する労働組合又は代表者と労使協定を締結すること
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賃金支払日に労働者に支払計算書を交付すること
などです。
直接払いの原則
賃金は,直接労働者に支払わなければなりません。労働者から委任を受けた代理人が受領代理を行うこともできません。
また,労働基準法第59条は,未成年者の親権者や後見人が未成年者の賃金を代わって受け取ることも禁止しています。
全額払いの原則
賃金は,その全額を支払わなければなりません。ただし,法令に別の定めがある場合や,労働者の過半数を代表する労働組合又は代表者との書面による協定がある場合には,賃金の一部を控除して支払うことができます。
法令に別の定めがある例としては,所得税の源泉徴収,社会保険料の控除,財形貯蓄の天引などが挙げられます。
また,書面による協定がある場合の代表例としては,労働組合費の控除(チェックオフ)や社宅の使用料などがあります。
【相殺は許されるか】
(1)使用者の有する債権との相殺
全額払いの原則に関連して問題になるのが,使用者が労働者に対して有する債権を理由として賃金の控除をすることができるかということです。(使用者が労働者に対して有する金銭の支払いを求める権利と,労働者が賃金の支払いを請求する権利とを,同じ金額でもって互いに消滅させることを,法律的には「相殺(そうさい)」といいます。)
この点,学説の見解は対立しているようですが,最高裁は,「労働者の賃金は,労働者の生活を支える重要な財源で,日常必要とするものであるから,……使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することも許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。このことは,その債権が不法行為を原因としたものであっても変わりはない。」(前掲日本勧業経済界事件・最大判のほか,関西精機事件・最二小判昭和31年11月2日)と判示し,使用者による一方的な相殺は許されないという見解をとっています。
(2)賃金の過払いのための「調整的相殺」
これに対し,払い過ぎた賃金について,過払いに当たる額をのちの賃金から減額する「調整的相殺」に関しては,最高裁は,一定の条件をつけて認めています(福島県教組事件・最一小判昭和48年12月18日)。すなわち
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過払いのあった時期と賃金の清算・調整の時期が合理的に接着していること
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あらかじめ労働者に予告すること
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その額が多額にならないこと
などで,要するに労働者の経済的安定をおびやかさないことを求めています。
(3)労働者の合意に基づく相殺
使用者が労働者の同意を得て行う相殺については,判例は,労働者の完全な自由意思に基づいたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在することを要件として,全額払いの原則に反しないと解釈しています(前掲日新製鋼事件・最二小判平成2年11月16日)。
しかし,学説においては
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本当に労働者の“自由な意思” に基づいた同意があったことを確定することは困難であること
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労働者の同意があっても,使用者の労働基準法違反は成立すること
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全額払いの原則の例外は,書面による労使協定があって初めて認められるはずであること
などを理由として,判例の考えには否定的な立場が有力です。
毎月1回以上,一定期日払いの原則
賃金は,臨時に支払われる賃金,賞与などを除いて,毎月1回以上,一定の期日を定めて支払わなければなりません。賃金の支払間隔が長すぎたり,支払日がその都度変動したりすると,労働者の生活が不安定になるからです。
例えば,「毎月第3金曜日に支払う」というような定め方では,月によって「第3金曜日」が変動してしまうので,「一定期日」とはいえないとされています。