11-3 労働災害を受けた場合に,使用者に損害賠償を請求することはできるか|労働相談Q&A
11-3 労働災害を受けた場合に,使用者に損害賠償を請求することはできるか
質問
私の夫は,先日,工場内で同僚の運転ミスによりフォークリフトにひかれて死亡してしまいました。労災保険も支給され,更に会社からは独自の災害補償規定によって弔慰金が出ているのですが,それでも額が十分とは思えません。会社に対して損害賠償を請求したいのですが,可能でしょうか。
回答
<ポイント!>
- 使用者は,労働者の生命・身体等を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負っています。
- 安全配慮義務の不履行によって発生した事故によって被害を被った労働者は,その損害の賠償を請求することができます。
損害賠償の意義
労災保険は,業務災害・通勤災害に対して迅速かつ公正な保護を行うことを目的としているため,事案ごとの個々の事情を考慮した上で給付額に差を設けるということはしていません。したがって,労災保険の給付,あるいは,企業が独自に定めている「上積み補償」の額をもってしても,実際に発生した損害を補填できない場合があり,また,慰謝料などは,そもそも労災保険の対象とはされていません。ここに使用者に対して損害賠償を請求するということの意味が出てきます(過労自殺に関する電通事件・最二小判平成12年3月24日など参照)。
不法行為による損害賠償
民法の不法行為の規定(第709条)によって使用者側に損害賠償を請求することもできますが,ただ,これだと,使用者に故意・過失があったために災害が発生した点を労働者側が立証しなければならず,労働者側にとって大きな負担となります。また,時効の点でも違いがあります(不法行為による場合は3年(民法第724条),債務不履行による場合は10年(民法第167条)など)。
安全配慮義務
そこで,債務不履行を根拠として損害賠償を請求する手法が模索されるようになりました。この点,最高裁は,「雇傭契約は,労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが,……使用者は,右の報酬支払義務にとどまらず,労働者が労務提供のため設置する場所,設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において,労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っているものと解するのが相当である。」と判示し,雇用契約の当事者として信義則上負う義務としての安全配慮義務が使用者にあることを認めました(自衛隊八戸車両整備工場損害賠償事件・昭和50年2月25日,川義損害賠償事件・昭和59年4月10日など)。
不法行為によらず,安全配慮義務違反を理由として損害賠償請求をする場合には,労働者側からみて前記の二つのメリットが考えられるのですが,そのうち,立証責任に関しては,判例は不法行為の場合と変わりはない扱いをしており,この点のメリットは実際上なくなっています(航空自衛隊芦屋分遣隊事件・最二小判昭和56年2月16日。同判決は,安全配慮義務の具体的内容は事件ごとに異なるものであるから,当該事件の場合,使用者が具体的にどのような配慮義務を負い,それに違反していることについては,労働者が主張・立証することを要すると判示しています)。
過失相殺等による減額
使用者が損害賠償金を支払う場合,労災保険の支給がなされた額については,損害賠償の価額から控除されます。更に,労働協約や就業規則の規定によって,労災保険給付に加えて会社独自で上積補償がなされる場合は,当該上積額の限度において損害賠償の責任を免れるものと考えられています。
なお,災害の発生につき労働者の側にも過失その他の寄与要因(たとえば脳・心臓疾患で死亡した場合,過労だけではなく高血圧などの基礎疾患があったときなど)があった場合は,損害賠償額が減額されます(これを過失相殺(民法第418条)ないし同法理の類推適用といいます)。
つまるところ,労働者に支払われる損害賠償は,労働者の過失の割合に応じて過失相殺等を行った上で損害額を弾き出し,当該額から労災保険給付や上積補償を差し引いた残額が損害賠償額となります。
こんな対応を!
民法の規定に基づき使用者側に損害賠償を請求する場合には,使用者の安全配慮義務違反の事実等の立証や,損害賠償額の算定など,なかなか困難な問題があります。会社側と話し合っても,納得のいく金額の提示が得られない場合には,弁護士等に相談しましょう。