「働き方改革先進企業経営者ミーティングHIROSHIMA」(第2回)を令和4年11月15日に開催し、広島県働き方改革実践企業(認定企業)の経営者層28名にご参加いただきました。
ダイヤ精機株式会社の諏訪社長に、広島にお越しいただき、特別講演としてお話しいただきました。
町工場が実践する「社員のモチベーションの高め方」
1964年創業の同社は、自動車メーカーや自動車部品メーカー向けの鍛造用金型部品、治工具、自動車部品の精度を測るゲージなどを高い技術をもって製作している。
諏訪氏は大田区で町工場を経営していた父親の急逝により2004年、32歳で専業主婦から社長に就任。借入のある会社の危機的状況を乗り越えるために、社長就任後すぐに経費・固定費を削減し、断腸の思いでリストラを敢行。しかし、それだけでは会社の存続も技術の継承もないと判断し、会社自体を新たに生まれ変わらせるために「3年の改革」を決意した。
改革1年目は、社員の意識改革と組織構造の変革に取り組んだ。反発する社員ともベクトルを合わせていくため、1年かけて経営理念「ものづくり大田区を代表する企業となること」、経営方針「超精密加工を得意とする多能工集団」を固めた。「創業者のようなカリスマ性やリーダーシップを持ち合わせない2代目だからこそ、何事も理論的にロジカルシンキングで裏付けを示し、トップダウン型の業務指示ではなくボトムアップ型の意見集約型組織への再構築を図る必要があった」という。あわせて、意識改革の基盤強化としてOJT教育にも注力し、教育→実践→成果といった一連のサイクルを回すことで、徐々に社員の行動が変化した。
改革2年目は、設備投資による社内活性化に取り組んだ。小さな町工場の強みである「対応力」を強化するため、新しい生産設備の導入と生産管理システムのIT化による一元化など、全面的な変更にチャレンジ。社長自ら必要性や効果について社員に説明し、根気よく質問に答え続けたことで、社員からも改善提案が出されるようになり、それを反映してシステムをカスタマイズしていった。このように、社員が必要性を理解し、自分事として積極的に関わっていった結果、1年程度かかると思われたシステム導入をわずか3カ月で実現したという。
改革3年目は、維持管理と標準化に取り組んだ。1・2年目で改革したことを維持・継続・発展できるように、ムダの排除や仕組みづくりを行った。
こうして、3年の改革が終了し、その年の社員旅行で社員から「俺たち社員一同、死ぬまで社長について行きますから!」と言われたことが最高の誉め言葉だったと諏訪氏は振り返る。そして、経営者として何より大切なのは「目的と方向性を示して、あとは社員のモチベーションを高める」ことだと実感したという。そして「経営者が暗い顔をしていては、社員のモチベーションは上がらない」と、経営者がイキイキと働く姿を見せることの大切さについても触れられた。
続けて同社の人財育成等の工夫が紹介された。若手の定着率の低さが問題であった同社では、入社から1カ月、3カ月、1年、3年の「若手が会社を辞めたいと思うタイミング」に合わせて育成プログラムを組み立て、彼らに共通する感情(会社を辞めたいと思う気持ち)をケアできるように、心理学や哲学等の知見も取り入れた育成を行っているという。
まず入社1カ月目までの新人に共通するのは「不安」という感情だ。彼らの不安を解消するため、初日から年齢の近い若手生活相談係(いわゆるメンター)を付け、何かあったらすぐに相談にのる体制をとる。
また最初の1カ月で机上教育を行うほか、諏訪氏と1カ月間、交換日記をするのも同社ならではの特徴だ。「人の文字と文章にその人の性格や能力が表われる。切削に向いている、研磨に向いているといった個々の特性まで見えてくる。日記を通じて一人ひとりの性格を把握し、その人に合った教育を組み立てている」という。日記の文字から落ち込んでいる感情が分かる時には「落ち込んでいるようだからフォローしてあげて」と現場に伝え、周りの社員が励ましたり手助けしたりするようにしている。“みんなが見てくれている”ということが若者の安心感につながるのだ。
入社後の不安が解消されると次は「自分はこの会社でどんなふうになっていくのか」と漠然と考え始めるタイミングになる。そこで3カ月目は、色々な機械を操作させたり、色々な社員の下で働かせたりと、様々な仕事を経験させる。すると自分でしてみたい作業や目標となる社員がおぼろげながら分かるようになるため、その目標を声に出して宣言させている。それが本人にとっての「ビジョン」となり、モチベーションを更に高めることになるのだ。
本人のビジョンが決まると、次に気になるのが「自分は評価されているのか。会社に必要とされているのか」といった人の目だ。同社では若手に自信をつけさせるために、入社1年目にQC(コストダウン)発表会を行うという。これは、業務上のムダを新人の目で見つけ出し、改善するための治具を作成させ、どれほど改善効果が得られるのかを発表する場だ。改善効果を測定し、根拠をもって発表させることで、熟練の職人からも「お前すごいな!」と認められ、コストダウンという形で会社に貢献できたという自信が持てるのだ。ここまで来ると、辞める社員はほとんどいないという。
入社3年目になると、育成プログラムの最後の仕上げとして「その人にしかできない技術」を身に付けさせる。経営的に見れば、社内で一人にしか出来ない技術があるということは大変なリスクだが、そのリスクを背負ってでも若手に自立と責任感を持たせるために行っているという。
あわせて同社では世代を超えたコミュニケーションの促進も大切にしており、新入社員には、「知識や情報を学ぶためにも、社員同士の会話に積極的に入りなさい」と伝えている。また職場の連携を強め、仕事が楽しくなるように、「これだけは誰にも負けないというものを作りなさい」と教育しているという。この教えの中で、職人志望の入社1年目の女性社員は、猛練習の末、最終製品に文字を刻む「刻字」を社内の誰よりも早くきれいにできるようになった。すると、年上の職人から刻字を頼られるようになり、そこから彼女も職人へ気後れせずに質問ができるような関係性へと変化していった。仕事に対する自信が、若手と熟練者とのコミュニケーションを円滑にし、更に若手の成長にもつながったという事例だ。このように同社では社員が世代を超えて対話を重ねることで問題を解決する風土を培ってきた。「町工場の特徴は多品種少量生産。限られたヒト・モノ・カネで、1個から受注し、お客様のニーズに応えながら要求・納期通りに納めるためには、人の知恵が不可欠だ。とにかく皆で集まり、知恵を出し合い、問題解決していく。ある程度の問題はコミュニケーションで解決できることが、町工場の醍醐味だ」という。
また、諏訪氏は上級カウンセラーの資格を取得し、年に1度、社員一人ひとりと1時間の1on1を行って、一緒に目標設定をしている。今の若者は、ストレス耐性が弱く心の病にかかりやすい。そのため、この1on1の中で、会社と社員の思いを合わせていくだけではなく、社員の考え方を深く聴くことで若手社員の心のケアも含めた伴走型の育成を実践しているという。
このように、若手の不安を払しょくし、自信を持たせ自立させる育成方針に変えたことで、低かった定着率もアップ。50代〜60代が最も多い逆ピラミッド構造だった社員の年齢分布も、技術を維持したまま20代〜30代を土台にしたピラミッド構造の年齢分布へ移行することに成功した。
働きがい向上の取組に向けて
働き方改革コンサルタントであり本イベントのモデレーターである藤原氏から、『働きがい向上の取組に向けて』についてお話しいただきました。
具体的にどのような取組が社員の働きがい向上につながるのかについて、グループに分かれて意見交換と発表をしていただきました。講師の諏訪氏もグループを回り、参加者の質問への回答や、各社での取組のヒントについて個別にお話ししてくださいました。
働きがいを向上させていくためには、長期的な目標設定が重要。当社では「大田区に社員全員が一戸建てを建てられるような会社にする」「もう一度、ものづくりやサービス業で輝く日本を見てみたい」という大義を掲げ、長期的な目標としている。遠くに目標を置くことで、経営者である自分自身のモチベーションも上がり、社長に就任して以来、一度も「会社に行きたくない」と思ったことがない。社長がまず雰囲気づくりをしていくことが大切。社長のカラーを大事にしながら、社員の働きがいを見つけてほしい。
イベントの最後には参加者同士の交流会を行いました。和やかな雰囲気の中、活発な情報交換が行われました。