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これまで、日本列島に人類がやってきたのは約38,000年前の後期旧石器時代以降が定説とされてきました。
しかし、令和6年(2024)に国立文化財機構奈良文化財研究所の国武貞克さんらが実施した、広島県廿日市市冠遺跡第8地点の発掘調査によって、その年代が更に約4,000年近くさかのぼる可能性があることが判明しました。
この大発見は、全国から注目されています。
発掘調査は今後もしばらく続けられる予定であり、更なる成果が期待されています。
ところで、日本国内には冠遺跡と同じく38,000年前より古いと考えられる遺跡もあり、広島県内では、下本谷(しもほんだに)遺跡(三次市)、只野原3号遺跡(庄原市)がその候補に挙げられています。
年代の根拠となる科学分析の結果が乏しいため、具体的な年代は明らかになっていませんが、いずれの遺跡も古い石器の特徴を有しています。
今回のミニ展示では、国内最古級と考えられている下本谷遺跡の石器を展示し、その特徴を解説します。
また、遺跡の年代を知るための分析方法や、冠遺跡の最新の調査成果をパネルで紹介します。
6月13日(土)には、国武さんをお招きして講演会を開催します。
展示では紹介しきれない発見の内容や、冠遺跡が列島人類史にもたらした衝撃をもっとご理解いただけると思います!
ぜひ、展示と講演会にお越しください!!
▶ 講演会
当館所蔵品の中から中世文書をピックアップして、文書を読み解く過程と謎解きの楽しさを紹介するシリーズの第16回です。
前の15回と今回の2回にわたって、現在の福山市神辺町域を本拠とした杉原盛重(すぎはら もりしげ)に関する文書を取り上げます。
前回ご紹介したのは、杉原盛重が「宝憧寺(ほうどうじ)」(法道寺)を「山伏司(やまぶしつかさ)」に任じた文書でした。
今回は、盛重が「宝鐘寺(ほうどうじ)」(法道寺)に寺領を与えた文書を紹介します。
今回の謎は、「盛重が「宝鐘寺」(法道寺)に与えた寺領がどこにあったか?」です!
法道寺は、明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)でなくなっており、お寺での調査はできません。
そこで、当館で保管する別の中世文書の内容と、現地調査の結果と併せて、皆さんと一緒に、文書を読み解きながらこの謎に迫っていきたいと思います!!
なお、過去のシリーズ資料は、当館のホームページや2階ロビーでご覧いただけます。
過去の展示も含めて、ぜひご覧ください!!
※フライヤーを見たい方は画像をクリック
▷旧石器、国内最古級のナゾにせまる!
ー下本谷遺跡・冠遺跡の石器ー
4月28日(火)~6月21日(日)
▷絣 KASURI 7
-城と武士(もののふ)の景色-
絣ボランティアの成果
6月27日(土)~8月30日(日)
▷草戸千軒の人々の遊び
9月1日(火)~10月25日(日)
▷古代朝鮮半島のやきもの
10月27日(火)~12月20日(日)
▷草戸千軒の冬の過ごし方「暖まる」
12月22日(火)~2月14日(日)
▷中世文書を読む(17)
杉原元盛の文書
2月20日(土)~4月18日(日)
一般:320円(250円)
大学生:230円(180円)
高校生以下及び65歳以上は無料
※( )内は20名以上の団体