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令和6年度 近世文化展示室

◆ 菅茶山の世界
 江戸時代後期を代表する漢詩人であり、儒学者・教育者でもある菅茶山(かんちゃざん)と、その縁のある人々が作成・収集を行った学問・文芸・芸術に関する資料である「重要文化財菅茶山関係資料」を展示し、近世の歴史・文化を紹介しています。
​「重要文化財菅茶山関係資料」へのリンク⇒​「重要文化財菅茶山関係資料」


◆ 守屋壽コレクション
 令和2年10月及び令和6年10月に当館が寄贈を受けた「守屋壽コレクション」は、​国内最大級の古地図を核とする歴史資料群です。
 守屋氏が長年にわたり蒐集・形成されたこの貴重なコレクションを展示し、紹介しています。
「守屋壽コレクション」へのリンク「守屋壽コレクション」

どちらも資料は2か月ごとに入れ替えます。

 

♦菅茶山の世界「菅茶山関係資料と古地図」
  会期:12月13日(金)~2月9日(日)

 

展示の概要

菅茶山関係資料の中には、菅茶山が日常生活を送っていた川北村(現在の福山市神辺町川北)のごく狭い範囲を描いたものから、藩や国を描いた絵図や、日本全図、世界全図といった、様々な「空間」を描いた地図があります。
何が分かるように作られているのかで、地図の形や描き方が変わります。​
今回の展示ではこうした地図の中から、様々な目的に合わせて作られた地図を紹介します。
茶山と親族たちが、この地図を通してどのような情報を得ていたのでしょうか?
地図の目的を探り、思い浮かべながら、ご覧ください。


資料一覧(PDF)


ここが見どころ

松前えぞ図(部分)画像
「松前えぞ図」
(江戸時代後期)(重要文化財 菅茶山関係資料)

上の画像の地図は、19世紀初頭に幕府が現地調査を行って作成した蝦夷地の地図の特徴をもっています。
この図形の蝦夷図は、当時一般には知られていませんでした。
茶山はかなり早い段階で、この情報を入手していたことになります。
茶山の日記には、文化5年(1808)4月に「谷東平から蝦夷図を借りた」とあり、この図はその写本と推測されます。

 

♦守屋壽コレクション「蘭学と地図」
  会期:12月13日(金)~2月9日(日)

 

展示の概要

江戸時代、いわゆる「鎖国」体制下の日本では、西洋の学問や文化、技術などの知識の入手は困難でした。
しかし、8代将軍徳川吉宗が、享保5年(1720)にキリスト教の教義に関係しない書籍の輸入を緩和したことで、蘭学が発達しました。
また、この蘭学の興隆は、当時の日本で製作される世界地図の発展にも大きな影響を与えました。
今回の展示では、蘭学の興隆に関する資料や、蘭学者たちが製作した世界地図などについて紹介します。


展示資料一覧 (PDF)


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司馬江漢「地球図」寛政4年(1792)
「地球図」司馬江漢(寛政5年(1793)頃) (守屋壽コレクション・当館蔵)

蘭学者・洋風画家で、日本の銅版画の草分け的存在である司馬江漢(しばこうかん)による国内初の銅版世界地図です。
大槻玄沢(おおつきげんたく)がオランダ人から入手した、1720年頃の西洋製の世界地図を基に製作されています。
東西に分かれた両半球からなる双球図を描くことで、地球が丸いことを分かりやすく伝える構図となっています。

解体新書
「解体新書」杉田玄白,前野良沢ほか(安永3年(1774))
 (守屋壽コレクション・当館蔵)

ドイツ人・クルムスの解剖書『ターヘル・アナトミア』のオランダ語版(1734年、アムステルダム刊)の翻訳書を杉田玄白や前野良沢らが翻訳した日本初の西洋医学書です。
辞書もない中での専門書の翻訳は困難を極めましたが、要点のみを翻訳することで開始から3年半で刊行にこぎつけました。

 

♦菅茶山の世界「菅茶山と国文学」【終了】
  会期:10月11日(金)~12月8日(日)

 

展示の概要

今回の展示は、
令和6年度 秋の特別展「源氏物語の世界展」バナー
秋の特別展「源氏物語の世界展」との関連展示です。

江戸時代後期、「当代一の漢詩人」と称された菅茶山は、漢詩だけでなく和歌も多く詠んでいました。
菅茶山関係資料には、儒学や漢詩に関する資料だけでなく、日本の古典文学や和歌に関する資料も多く含まれています。
今回は、菅茶山関係資料の中から、『源氏物語』などの平安文学に関する資料や、茶山が詠んだ和歌などを紹介します。


資料一覧(PDF)


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菅茶山関係資料『源氏物語』の画像
『源氏物語』
(寛永年間(1624~44))(重要文化財 菅茶山関係資料)

上の画像は、寛永年間に刊行された古活字版(こかつじばん)の『源氏物語』です。
余白には、北村季吟(きたむら きぎん)(1625~1705)の『源氏物語湖月抄(こげつしょう)』(1673年成立)に基づく注釈が朱や墨で写されています。
茶山の『源氏物語』への関心をうかがわせる資料の一つです。

※古活字版とは、文禄年間(1592~96)から寛永年間頃にかけて、木製の活字又は銅製の活字を使って印刷刊行された書物のこと。

 

♦守屋壽コレクション「江戸幕府と日本地図」【終了】
  会期:10月11日(金)~12月8日(日)

 

展示の概要

江戸幕府が製作した地図はいずれも、その時代や社会状況を反映した「最先端の日本地図」であり、全国的な大規模プロジェクトでした。
今回はコレクションに収蔵されている資料から、江戸時代の前期から伊能忠敬による日本地図まで、幕府が製作した日本地図や、それらを写した地図を紹介します。
これらの展示資料を通して、江戸時代の地図作りの進歩と変遷をたどります。


展示資料一覧 (PDF)


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松浦静山識輿地全図(部分)
「松浦静山識輿地全図(まつらせいざんしきよちぜんず)(部分)」天明5年(1785)銘
 (守屋壽コレクション・当館蔵)

上の画像は、江戸時代後期の平戸藩主松浦静山が所蔵していた日本図で、8代将軍徳川吉宗の命により製作された「享保の日本図」の写しです。
「享保の日本図」は、全国を方角測量して作られたことが特徴です。
この地図中にはそれを示す赤い線が引かれており、製作過程が分かる貴重な資料です。
また、吉宗の時代の「享保の日本図」は長らく存在しないと思われていましたが、平成26年(2014)に本資料の存在が明らかとなり、新発見資料として大きな話題となりました。
縦150cm、横340cmの大型地図で見ごたえ十分です!!
この機会に是非御覧ください。

 

♦菅茶山の世界「茶山マンガからみる茶山の漢詩」【終了】
  会期:8月9日(金)~10月6日(日)

 

展示の概要

江戸時代の学問といえば、主には漢学のことでした。
中国の古典を学ぶには、漢詩文の理解が必要で、漢詩を作ったり読めたりすることが教養として重視されていました。
しかし、現在では漢詩そのものに触れる機会が少なくなり、分かりにくいと敬遠されがちです。
確かに漢詩には、馴染みのない漢字が使われたり、様々な決まり事があったりして、全てを理解することは難しいでしょう。
それでも、漢詩は心の内にある思いを詠んだものであり、その楽しみ方を少し意識するだけで、漢詩の味わいが深まり、作者を身近に感じることもできます。

当館では、菅茶山の漢詩の世界を身近に感じていただこうと、「茶山マンガ(四コママンガ)」で茶山の漢詩を伝えてきました。
今回の展示では、これまで紹介してきた「茶山マンガ」を通して、漢詩を楽しむポイントを紹介します。


展示資料一覧 (PDF)


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茶山マンガ「月下独酌」画像
茶山マンガ「月下独酌」
(『黄葉夕陽村舎詩』遺稿巻2 文政5年(1822)茶山75歳)

今回の展示のオススメはもちろん!茶山の漢詩と茶山マンガです!!
茶山は漢詩人として全国的に有名でした。
漢詩とは、漢字のみで書かれた中国の古来から詠まれていた詩のことをいいます。
茶山が漢字を巧みに使い、どんな詩を詠んだのか?
展示室では、まずは茶山マンガで内容を理解した後、漢詩を楽しむポイントを知って、改めて茶山が詠んだ漢詩をみると、より楽しめると思います。
漢詩や茶山に興味を持っている方は、必見です!
もちろん、知らなかった方も必見です!!

​「重要文化財菅茶山関係資料」へのリンク茶山マンガ

 

♦守屋壽コレクション「江戸の風景」【終了】
  会期:8月9日(金)~10月6日(日)

 

展示の概要

江戸時代中期以降、江戸の都市地図や鳥瞰図(ちょうかんず)、名所や旧跡を紹介した名所記(ガイドブック)が多く刊行され、江戸の風景を描いた浮世絵も多く出版されています。
これらの刊行物は、繁栄する江戸の姿を現代に生きる私たちに伝えてくれます。
特に江戸の町を題材にした浮世絵には、そこに暮らす人々の様子も描かれていて、当時の生活をうかがい知る貴重な資料でもあります。

守屋壽コレクションには、江戸の風景を記録した資料が多く蒐集(しゅうしゅう)されています。
今回の展示では、その一部を紹介します。


展示資料一覧 (PDF)


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名所江戸百景「両国花火」歌川広重
​歌川広重画​「 名所江戸百景 両国花火」
安政5年(1858)​) (守屋壽コレクション・当館蔵)

夏といえば花火!
江戸の花火といえば、隅田川の打ち上げ花火です!!
幕府は、毎年5月28日を隅田川の川開き、8月28日を川仕舞(しまい)と定めていました。
この期間、納涼船が営業を許可されて運行し、見世物小屋や茶店なども出て賑わいました。
江戸時代の隅田川の花火はこの間に打ち上げられ、夏の夜空を彩りました。
画面中央の両国橋の上や、その周囲に浮かぶたくさんの納涼船には、花火を楽しむ大勢の見物客の姿が描かれています。
展示室で広重の作品をご覧いただき、夏を味わってみるのもオツなものですよ♪

 

♦菅茶山の世界「菅茶山と平田玉蘊 (ぎょくおん)【終了】
  会期:6月7日(金)~8月4日(日)

 

展示の概要

平田玉蘊(1787~1855)は、江戸時代後期に尾道で生まれ、生涯を尾道で過ごした女性の画家です。
茶山は玉蘊を積極的に支援しており、重要文化財菅茶山関係資料などからもその様子をうかがい知ることができます。
今回の展示では、絵画資料や手紙から茶山と玉蘊の交流を紹介します。


資料一覧 (PDF)


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平田玉蘊画「亀図」(絵の部分)
平田玉蘊画「亀図」(部分)
(文政3年(1820)頃)(当館蔵)

上の画像は、平田玉蘊が描いた亀の絵です。
亀は古来よりおめでたい図柄としてよく描かれています。
亀がいればいるほどおめでたい!?
何匹描かれていると思いますか?
 
実は、この絵の上には茶山が賛(さん)を書いています。
茶山のような有名な文人から賛を書いてもらうことは、画家にとって名誉なことでした。
茶山は絵に賛を書くなどして、玉蘊を支援をしていました。
この展示に関する調査の中で、菅茶山関係資料にこの賛のお礼をつづったと思われる玉蘊の手紙が見つかりました!
今回は、この初公開の手紙とともに亀図を展示します!
是非、あわせてご覧ください!!

 

♦守屋壽コレクション「福山城と福山藩関連資料」【終了】
  会期:6月7日(金)~8月4日(日)

 

展示の概要

福山藩は、元和(げんな)5年(1619)、徳川家康の従兄弟(いとこ)に当たる水野勝成が、10万石の譜代大名として福山市神辺町にあった神辺城に入ったことから始まります。
その後、勝成は新たな拠点として瀬戸内海に面した小高い丘の常興寺山(じょうこうじやま)を城地に選び、福山城を築城しました。
元禄11年(1698)に水野家が断絶したあとは、幕府の直轄領の時代を経て、宝永7年(1710)に阿部氏が福山藩主となり、明治維新まで続きます。
今回の展示では、コレクションの中から、福山城の絵図や福山藩主水野家、阿部家及び家臣に関わる資料を紹介します。


資料一覧 (PDF)


ここが見どころ

備後福山城絵図
「 備後国福山城絵図 備後国福山城損所之覚」
宝暦9年〔1759〕​) (守屋壽コレクション・当館蔵)

令和4年(2022)、当館所蔵の守屋壽コレクションの絵図資料 「備後国福山城絵図 備後国福山城損所之覚」が、宝暦9年(1759)の福山藩阿部氏時代による福山城石垣修復に関連して作成された絵図であることが判明しました。
​新聞にも取り上げられ、話題となったこの資料を2年ぶりに公開します。是非、この機会にご覧ください!

詳細はこちら (PDF)

 

♦菅茶山の世界「菅茶山と旅」 【終了】
  会期:4月5日(金)~6月2日(日)

 

展示の概要

菅茶山は、80年の生涯の中で、広島、京都、大坂、奈良、江戸などへ何度か旅をしています。旅先では、普段見ることのできない風景や文物、そこに住む人々との交流がありました。

今回の展示では、奈良、伊勢、京都方面への二度の旅である、寛政6年(1794)の妻宣(のぶ)との旅と、文政元年(1818)の旅を取り上げます。
茶山や宣の体験した景色・文物・交流から、江戸時代後期の旅の楽しみについて紹介します。


展示資料一覧 (PDF)


ここが見どころ

大和行日記の部分画像
 大和行日記(部分)
(文政元年(1818)71歳)(重要文化財 菅茶山関係資料)

上の画像は、文政元年の吉野、京都への旅日記で、携帯用の横帖に茶山の自筆で記されています。
吉野の桜を見るため神辺を立った3月6日から、5月29日に神辺に帰るまでの出来事を記しています。
上の画像の箇所は、吉野に到着した3月15日から3月17日の部分です。
寛政6年(1794)に吉野に行ったときには、ほぼ散りかけて見れなかった盛りの桜を見た喜びがつづられています。

 

♦守屋壽コレクション「近世の港町と鞆の浦」【終了】
  会期:4月5日(金)~6月2日(日)

 

展示の概要

鞆の浦は、古来から潮待ちの港として知られ、江戸時代には瀬戸内海の主要な港の一つとして、その名は既に海外にも知られていました。
守屋壽コレクションには、江戸時代の瀬戸内海航路に関する資料のほか、鞆の浦の港町としての様子や、江戸時代の国際性を示す資料なども収集されています。

今回の展示では、朝鮮や琉球、オランダの使節なども立ち寄った近世の鞆の浦の景観やにぎわいの様子を紹介します。


展示資料一覧 (PDF)


ここが見どころ

五雲亭貞秀「西国名所之内 備後鞆の湊」の浮世絵の画像
五雲亭貞秀「西国名所之内 備後鞆の湊」
(慶応元年(1865)) (守屋壽コレクション・当館蔵)

上の画像は、歌川国貞(うたがわ くにさだ)の門人で、幕末を代表する浮世絵師の五雲亭貞秀(ごうんてい さだひで)が、西国の名所25か所を描いたシリーズ物の一枚です。
手前にある大きな帆の北前船は、日本海経由で北海道から大坂までを往復する大規模な商船です。港には北前船のような大型の商船も停泊停泊し、港のすぐそばにまで密集した町並みが続いています。
この浮世絵からは、往事の鞆の繁栄ぶりを窺うことができます。

令和6年度 近世文化展示室展示スケジュール

▶令和6年度 近世文化展示室展示スケジュール一覧 (PDF)


【終了】
▷菅茶山の世界「菅茶山と旅」
▷守屋壽コレクション「近世の港町と鞆の浦」
4月5日(金)~6月2日(日)


【終了】
▷菅茶山の世界「菅茶山と平田玉蘊」
▷守屋壽コレクション「福山城と福山藩関係資料」
6月7日(金)~8月4日(日)


【終了】
▷菅茶山の世界「菅茶山マンガからみる茶山の漢詩」
▷守屋壽コレクション「江戸の風景」
8月9日(金)~10月6日(日)


【終了】
▷菅茶山の世界「菅茶山と国文学」
▷守屋壽コレクション「江戸幕府と日本地図」
10月11日(金)~12月8日(日)


▷菅茶山の世界「菅茶山関係資料と古地図」
▷守屋壽コレクション「蘭学と地図」
12月13日(金)~2月9日(日)


▷菅茶山の世界「漢詩人菅茶山」
▷守屋壽コレクション「近世備後地域の商業資料―『備後の魁』と引き札―」
2月15日(土)~4月13日(日)

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